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おおやまじょう
大山城
所在地 兵庫県篠山市大山
大山城の所在地。
緑の部分は大まかな範囲。赤いラインは訪れる際に利用すると良い道を示す。
大山城の遠景。川によって削られた崖を利用した言わば崖城なので、同じぐらいの高さから見ても映えない。
写真中央の茂みが大山城の付近。
丹波国に着いて最初の訪問地となった大山城。
所が、丹波の国に足を踏み入れた途端、辺りが濃い霧に包まれてしまった。
道はナビがナビってくれているので、後は霧の中安全運転に心がける事だけだ。
そんな事でようやく大山城へたどり着いたのであった。
駐車場所が無いと思って念の為ちょっと離れた山の入口付近に駐車をしたのだが、全然余裕で城に停める場所があったので、一回車に戻って城の前まで移動させた。
写真は西側の水路。
霧に包まれた大山城はなんとも不気味な雰囲気に包まれていた。
山じゃないのでそんなに危なくないとは思うがと、恐る恐る内部へ移動していく。
土塁なのか塚なのか分からない土盛りを発見。一応コーナーだから小さな土塁とでもみなしておくか。
(櫓台にしては面積が狭すぎるし)
少し奥に進むと杉林になった。
思っていたより面積がある。
更に先に進むと藪と霧のダブルハーモニーによって迷子になりかける。
油断していると大山川によって現れた絶壁があるので、歩く足はチビチビと。
まさに安全第一。
写真で撮影しようにもブレるブレる。なんとかここまで綺麗に撮影できました。
竹林の中には一応空堀があるが、その先はまったく面積の無い曲輪(土塁?)があるのみで、その先は急落していた。
恐らく長い年月を経て、川が城を削った結果なのだろう。
ゆえに土塁だったのか曲輪だったのかも不明。
一番城らしい場所と言ったら、この解説板のある場所であろう。
最初に見た水路へ降りるスロープが空堀の名残だとすれば、この立っている場所が土橋となり、堅固な作りになる。
それにしてもなぜ解説板の近景を撮影し忘れたのか?埼玉から移住した中沢さんについての事が書かれていたというのに・・・無念じゃ。
あんなに立ち込めていた霧がすっかり晴れ、丹波国の晩秋の空が出迎えてくれていた。
地元の方に聞けばこの季節になると毎日霧が出て、朝の10時頃を過ぎるまで霧が晴れないのだとか。
思ったより時間かかってしまったので、次の山垣城へ食事を食べながら向かったのであった。
大山城のお絵描き。
解説板の真ん前まで車道が走っているので、細い複雑な道さえ乗り越えれば身体の負担は楽に行ける場所と言える。
見ごたえあったのは解説板背後の空堀と思われる谷間で、他は遺構なのかも判断し難い地形であった。
秩父平氏の血を引く中沢さんが、この地に赴任してきた気持ちを考えるだけでも、はるばる埼玉から来た甲斐があったという物である。

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(C) 2007 Giichi(儀一).