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つくいじょう
津久井城
所在地 神奈川県相模原市緑区
津久井城の所在地。
緑の部分は大まかな範囲。赤いラインは今回探訪で利用した道を示す。
三井大橋の対岸より津久井城を望む。
一見普通の山に見えたりするが、実は竪堀があの斜面をいくつも這っているのである。
城から見て南西の根元集落より津久井城の関連施設が作られていたのだが・・・駐車場の開放されるのが午前八時で、それまで駐車場側の車道に停めて寝て待っていた。
職員が来るまでなのだろうが、夜明けから開いてなかったからお絵描きする予定時間が大幅に遅れてしまった。
根古屋を利用した設備。ここに行くのは城から戻ってから。
車椅子でも移動できるように橋をかけたりとバリアフリー化がなされた公園である。
途中で根古屋のいい遺構を拝むことができたが、本日の目的は山城部分なので、写真を収めるだけでお絵描き無し。
のんびり散歩をしながら根古屋部分に到着。
これだけ見ると完全に公園化してしまっているな。
そんな事で山城へ移動する。
登っていくと「男坂(右側の道)」と「女坂(左に向かう道)」の岐路に立った。
今回の目的は城山なので、当然ながら直登コースに近い男坂を行くのである。
鞍部に到着すると、ここで城を大きく迂回してきた女坂と合流。
西側の尾根筋を登って主郭部分へ向かう。
坂を登って「太鼓曲輪」なる部分に到着した。
この辺は比較的フラットになっており、ある程度の建物があったのだろうな。
おお!これは見事な堀切&土橋、ここから津久井城の本領発揮という感じがしてきた。
同所にはこれが引橋という事が書いてあったが、虎口があるのでどうも連想しづらい感じがある。
更にもう一丁土橋。切れ込んである竪堀も深く、みなさんの評価の高さもうなずける。
かくして主郭付近に到着。中央付近には櫓台とも見える土塁があり、その土塁の前には解説板が設置されている。
見づらいから拡大写真をっと思ったが、この比率ではそれほど変化ないな・・・。
津久井城の周辺の地形が詳しく出ているので、これを見ながら探索しても楽しそうだ。
土塁の向こう側の曲輪。
こちらも思ったより広く作られている。
本城の解説板が設置されていて結構わかりやすく書かれている。
すぐ北隣の曲輪にはトイレもあるので、範囲の広い城なので念の為用を済ましておくといいかも知れない。
脇に手すりに見える物体があったが、これは業務用のケーブルカーらしい。
この曲輪からの景色もかなり良かったのだが、風当たりが強くて寒くて居られない。甲斐からの侵入者をここから見据えていたのかなっと思って見ていた。
実は公園の敷地外にこそ美しい遺構は眠っていた。
尾根筋にはいくつかの曲輪を配置し、いずれも横矢掛けできるように設置されている。
他の尾根にも同じようにいくつかの曲輪を配置しており、今回の訪問だけでは調査しきれなかった。
こちらは変わって飯縄曲輪の最高所に建てられている飯縄神社。本城部分とは独立して独自の縄張りを持っておりまさに一城別郭を思わせる作りになっている。
それでも本城の側の守りは弱く作ってあるのだが・・・
この飯縄曲輪には「宝ヶ池」と呼ばれる水の手があり、いかなる日照りのあった時でも水が枯れる事が無かったのだという。
そういう池だけに現代となってもこの池の周りは綺麗に掃き清められていた。
そしてこの飯縄曲輪には大杉があったのだが、2013年の夏に落雷があってそれによって焼失してしまったのだという。
延焼は食い止められたが、大杉は失われ、その痛々しい焼け跡だけが残されていた。
在りし日の大杉の写真がそこには掲示されており、津久井城の現役の姿を見守ってきた大杉は、落雷という事故によってその役割を若い木々に託したようにも見えてしまう。
長い年月津久井城を見守ってくれていた大杉に感謝。
飯縄曲輪の南には津久井の町並みや山々を見渡せる展望台になっていた。
土塁に作られた虎口をぬけて写真を撮ろうと思ったが、先客様が居られたので写真は断念。代わりに絵だけはしっかり書いてきた。
この曲輪の直下にはえらい高さの切岸になっており、堀切がある。
飯縄曲輪の東側の堀切は鎖場になっていた。こういう嶮岨な地形があってこそ城の防衛力は成されるのだ。
そして一番東側に位置する「鷹射場」と呼ばれる部分に来た。こちらは特殊な遺構は特に見られず、削平地をいくつか持っただけの簡単な構造であった。
特に見晴らしは良く、平野部を一望できるのが素晴らしい。
山城から降りて、資料館に足を運ぶ。
この資料館には津久井城の立体模型があり、これを見て竪堀の伸び方などを補完した。
やっぱり見てない部分が多いな。
コッテリティストな津久井城のお絵描き、東西に長いのを強引に一枚に圧縮したので比率は合っておらず。
なお、根古屋部分は前記の通りお絵描きしていないので、絵には描いていない(その代わり大まかな予想場所だけは書いておいた)
北条方の一大拠点だけあって規模が大きく、書くのが大変な城であった。

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