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とくらじょう
戸倉城
所在地 東京都あきる野市
戸倉城の所在地。
緑の部分は大まかな範囲。赤いラインは今回探訪で利用した道を示す。
旧五日市町の中心地を車で西に走らすと見えてくるとんがり山が戸倉城である。
この戸倉城の尾根が背後に伸びている為、真後ろを通る東電の送電鉄塔新所沢線7・8号がすごい接近している。
今回は西戸倉地区の神明社からの道で進む。このルートは城道もあって道が明確なのはいいが、駐車場がないのが欠点。
前はこの公民館に停めさせてもらった記憶があるが、無断駐車禁止とされているので、車道の行き止まりまで車を移動させ停めた。急斜面なので同じ事をする際には石でもいいので車止めをした方が安全。
その傍らには戸倉城の解説板が二基、英語翻訳付きと中田正光先生お手製イラスト付きの特典があるので、個人的にはここのルートをお勧めしたい。
登り始めると途中から石積みで作られたコースを通る事になり、大きくコースを外れて迷う心配は少ない。
でもちょっと登りは急なので、休み休み進むといいかも知れない。
途中からかって使われていたであろう藪に包まれつつある城道が現れる。主郭に直行したい場合はそのままハイキング道を通るのが良いが、こちらを通った方が遺構が見れるのでお得かも知れない。
この尾根筋にはいくつかの平場が設けられている。個人的にお気に入りなのはそれに付属する写真の竪堀。
こんな写真写りの良い竪堀はなかなか無いので、じっくりと拝ませてもらう。
ついでに竪堀横断体験もさせてもらったが、竪堀の威力を存分に味わえてしまえた。
そのまま尾根を登って行くと、先ほど別れたハイキング道と合流し、更に登って戸倉城本体にたどり着く。
平場がいくつかあるだけの構造だが、やはり平場があるだけでも喜びは違う。
城内にはトイレも設置されている為、急にトイレに行きたくなっても安心して用を足す事が可能。
主郭の直後には石積みが。でもここってなんらかの設備があったみたいで、かつ石が新しいので後世に作られた物であろうと推測。
ついに主郭に到着!
この日は天候に恵まれた為、見晴らしが良くて関東平野が一望できた。
流石に城を築かれただけあって、見晴らしは良い。これも木々を伐採してくれているお陰でもある。
主郭の傍らには解説板があり、中田正光先生のお手製イラストがもう一枚見ることができる。儀一の描く絵に比べて、先生のイラストはとてもわかりやすくなっているので、是非こちらを拝見していただきたい。
実はもう一つ儀一にとっての楽しみは送電鉄塔。ここは(ちょっと山に隠れてるが・・・)新多摩変電所を一望できる素晴しいロケーションでもある。
紅白に塗られたマイクロ波塔の周辺には新多摩線・新秩父線・新所沢線・東京西線と巨大鉄塔路線が続々と集結する。
うーん、これを見ていても癒されるね。
視線を南に移すと、新所沢変電所(埼玉県鶴ヶ島市)から来た「新所沢線」と、新秩父開閉所(埼玉県小鹿野町)から来た「新秩父線が、互いに交錯しながら美しいたわみを見せ山々を駆け抜けている。
送電線が日の光を浴びてその美しいたわみを見せているのにはうっとりする。共に50万ボルト級の巨大送電線なのでその迫力は見ごたえあった。
話を戸倉城に戻して、主郭の東端にある岩尾根。
ネットで調べてみるとここも降りられ、麓の寺に出るらしい。でも途中が岩場になっているので、登るキツさは明らかにこちらの方が上だろう。
戸倉城で忘れちゃいけないのが、この出城部分。西の檜原城と連携を取るためにここで日常見張っていたのであろうが、木々が生い茂っていて見えなかった。
なお、中田先生のイラストにはこの出城から麓に向かってまっすぐ北に竪堀が書かれているが、行く気が無いので省略している。
一応この出城を取り巻く空堀。微妙に土塁になっているので、帯曲輪を空堀に改造しようとしたのか?あらぬ妄想が頭を巡る。
所変わってこちらは西にある檜原城。ここからみると山頂だけちょこっと出てるので、逆に戸倉城から見ても檜原城は見ていたはず。
こうやって見てるとちゃんとお互いの城が見えて、尚且つ要害の地を選んで築いているのが分かる。
戸倉城のお絵描き。
主郭付近はそれほど巧妙な作りではないので、南一揆の武士達が作り上げた部分であると想像するが、北側尾根はそれ以上に竪堀をいくつか用い、城道を深く掘り下げている辺りに小田原北条氏による遺構の香りがする。
ハイキング道を使えば主郭に向かうのは楽だが、できればこのちょっと藪になりかけた城道を通って、かっての城の姿を思いながら歩くのもお勧めしたい所。

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(C) 2007 Giichi(儀一).