北川辺町(きたかわべまち) | ||||||||||||||||||||||||
![]() 平成22年3月23日をもって加須市と合併し、新加須市の一部となった。 中世頃には落ち延びて土着する武士が多くおり、それらの人々がこの地の開拓に尽力している。東には古河市があるので当町も古河公方方の直轄領として活躍してきたものと思われる。 延徳年間(1489〜91)には倚井(よりい)に源氏の末流を称する石川信濃守義俊が陣屋を築き、この地を「麦倉」と称するようになったが、羽生城方によって攻められ滅亡している。 中世遺構は同県川島町に似た傾向にあり、 旧河川により構成された河段堤防上に館跡がある事が多い。 |
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※注意 旧加須市域の城館はこちらをご覧下さい。 | ||||||||||||||||||||||||
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<<主要参考文献>> | ||
北川辺の民俗(1) 北川辺町史 史料集(九) 民俗 |
北川辺町史編纂委員会 | |
新編 岡崎市史 中世2 | 愛知県岡崎市 | (1989) |
埼玉の中世城館跡 | 埼玉県教育委員会 | (1989) |
埼玉の館城跡 | 埼玉県教育委員会 | (1969) |
日本城郭大系5 | 新人物往来社 | (1980) |
日本城郭大集4 | 人物往来社 | (1967) |
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