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はなぞのみたけじょう
花園御嶽城
所在地 埼玉県大里郡寄居町
花園御嶽城の所在地。
緑の部分は城のおおまかな範囲を示す。
また赤いラインは探訪の際に利用したルートを示す。
南側から見た花園御嶽城。見た目はなんだか緩やかに見えるが、結構急峻な山である。
山麓には少林寺があるので、そこに車を停めさせてもらって出発する。
寺の解説板によれば永正八年(1511)に藤田右衛門大夫国村が開基となったと書かれているので、少林寺は花園御嶽城の根小屋として利用されていたのかも知れないな。
山へは整備された道が二つあり、その内一つは脇に石像をいくつも配置している。とは言え全て違う表情や格好をしているので、個性豊かな石像たちである。
上り詰めると開けた場所に出る。削平はされているものの、遺構と思われる地形は見受けられなかった。
ここから尾根沿いに西に向かえば花園御嶽城がある。
いきなりぶっ飛ばして花園御嶽城の主郭部分。城内においてここだけ山岳信仰の石造物が多数配置されており、ある意味異様な感じがする。
主郭の南側にはかっての虎口と思われる部分があり、現在は東側に石段を作られた為見捨てられてしまった印象がある。
周囲を見ても鋭く切り落としているので、現役時代はここだけが主郭への入口だったのだと思う。
その下を行くと山城では珍しい空堀がある。堀切とかではなく、本当に主郭を囲むように堀が作られているので、これはこれですごい遺構であると思う。
空堀の末端部。
普通に竪堀にして落ちてると思いきや、土塁で囲みしっかりと空堀のスペースを作り出している点がすごいと思う。
この空堀については堀を通路にしたのか?あるいは土塁部分を通路にしたのか気になる所だ。
主郭の西側下の腰郭。写真では分かりづらいが若干の土盛りがあり、ここも先ほどの空堀にするつもりだったのかも知れない。
主郭の南側から落ちている竪堀。
先ほどの空堀はいくつか作られており、その合間には竪堀の存在が確認できた。
つまりは竪堀で登って来れるエリアを限定させ、先の空堀&土塁で通路を限定させた上で迎撃する構造に見えるのが大変興味深い。
主郭の北側は急落しているが、東側(今回探訪に利用しているルート)には緩やかな傾斜がある為、曲輪を設けてその間を堀切で分離させている。
その堀切もしっかり掘ってあり、北側は竪堀になって落ちている。
終わりに北側にある猪俣城付近から花園御嶽城の遠景を。
花園御嶽城のお絵描き。
山頂付近は比較的狭いのだが、戦国末期におけるこの周辺の山城に見られる空堀をいくつも周囲に構える構造がこの城でも見られる。用途は単なる武者隠しと囮曲輪であると考えられるが、実践を通じて有効な手法であったからこそ築かれているのだろう。
ついでに平面図も特別公開。
実はちゃんとした図面を作ろうとして失敗し、お蔵入していた物を久々に書庫から発掘した。
平面図にスケールを入れてないのは地形図の尺度を間違えてしまい、実際に調査した遺構の尺度とは異なる為。尺度が異なるがおおまかな地形が分かればいいと思っている。
上記の鳥瞰図風お絵描きもこれをベースにして描いている。

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