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妻沼町(めぬままち)
 埼玉県北部の町で、北に利根川が流れ、南は熊谷市と隣接していた。現在では熊谷市の一部になっている。
 中世の遺構は主として長井斎藤氏の史跡が多く、町では斎藤別当実盛ゆかりの地も数多く残されている。
当ページ収録城館跡一覧 早見表
大河内金兵衛陣屋 実盛館 聖天院館 高城城
西城城 東城 城之内 長井氏館
日向館

※注意 この地図は平成の大合併以前の物を使用しています。旧熊谷市域の城館はこちらをご覧下さい。
←各項目にあるこちらのアイコンはゼンリン社の現地地図にリンクしております。参考のまでにご覧下さい。


城名 大河内金兵衛陣屋 読み おおこうちきんべいじんや
所在地 埼玉県熊谷市妻沼大我井 所在地地図
別名   コード 11_06_003_00100
築城年 戦国末期 主な城主 大河内金兵衛久綱
廃城年 寛永十五年
(1639)
形態 陣屋
   
備考  「知恵伊豆」と言われた松平信綱の父・大河内金兵衛ゆかりの陣屋で、陣払いの時、聖天院の供田とされたという。

城名 実盛館 読み さねもりやかた
所在地 埼玉県熊谷市西野堀内 所在地地図
別名   コード 11_06_003_00200
築城年 平安末期 主な城主 斎藤別当実盛
廃城年 不詳 形態
   
備考  斎藤別当実盛初期の館跡と考えられる。現在では河川改修により塚を見る程度である。

城名 聖天院館 読み しょうでんいんやかた
所在地 埼玉県熊谷市妻沼 所在地地図
別名   コード 11_06_003_00300
築城年 治承三年
(1179)
主な城主 斎藤別当実盛
廃城年 不詳 形態
   
備考  実盛が先祖伝来の聖天を祀ったのが始まりとされる。境内には水堀と土塁が残され、聖天院全体を要害としている。

城名 高城城 読み たかぎじょう
所在地 埼玉県熊谷市
妻沼永井太田高城
所在地地図
別名   コード 11_06_003_00400
築城年 平安末期 主な城主 太田六郎宗成
廃城年 不詳 形態
   
備考  当地は中世に猪俣党太田氏が住んだとされる、河勾政成の六男宗成が大里(幡羅)郡太田村に住した事より太田六郎を名乗ったのが始まりとする。

 なだらかな丘陵上に幾つもの塚を残すが、一説にはこれは長井斉藤別当実盛に関係した館であったという。

城名 西城 読み さいじょう
所在地 埼玉県熊谷市西城長安寺 所在地地図
別名   コード 11_06_003_00500
築城年 平安末期 主な城主 藤原道宗
廃城年 不詳 形態
   
備考  藤原伊尹の一族である道宗が西城の地に土着したのが始まりとされている。

城名 東城 読み とうじょう
所在地 埼玉県熊谷市上須戸道南 所在地地図
別名   コード 11_06_003_00600
築城年 平安末期 主な城主 成田氏、足利成氏
長尾景春
廃城年 戦国期 形態
   
備考  西城の出城として築かれた城。竹林に堀らしき遺構が残る。戦国期の陣地として利用される事があった。

城名 城之内 読み じょうのうち
所在地 埼玉県熊谷市妻沼台 所在地地図
別名   コード 11_06_003_00700
築城年 不詳 主な城主 不詳
廃城年 不詳 形態
   
備考  妻沼の最北部に位置する、利根川の監視用の砦であろうか?

城名 長井氏館 読み ながいしやかた
所在地 埼玉県熊谷市西野 所在地地図
別名   コード 11_06_003_00800
築城年 不詳 主な城主 長井氏 
廃城年 不詳 形態
   
備考  推定箇所は2箇所あり、ここでは南側の先代館跡を取り上げた。川と水路に囲まれている。

城名 日向館 読み ひなたやかた
所在地 埼玉県熊谷市日向 所在地地図
別名   コード 11_06_003_00900
築城年 不詳 主な城主 不詳
廃城年 不詳 形態
   
備考  妻沼町東部にあったという館跡。長井神社境内に堀らしき遺構もある事から長井氏に関わりのある武士の館跡であったのだろうか?
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<<主要参考文献>>
妻沼町誌 妻沼町教育委員会 (1977)
埼玉の中世城館跡 埼玉県教育委員会 (1989)
埼玉の館城跡 埼玉県教育委員会 (1969)
日本城郭大系5 新人物往来社 (1980)
日本城郭大集4 人物往来社 (1967)