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たかみじょう
高見城
所在地 埼玉県比企郡小川町
高見城の所在地。
緑の部分は城のおおまかな範囲を示す。
また赤いラインは探訪の際に利用したルートを示す。
南側から眺める高見城。別名「四津山(よつやま)城」とも言う。
東側から見ると山が四つ連なって見える事からこの名が付いている。
そんな事でこの辺りでは目立つ山である。
東山麓に「四津山神社」の入口があり、同時に高見城への道でもある。
車は写真中央奥辺りに駐車スペースがあるのでそこに停められるので助かる。
途中に「四津山神社再建記念碑」が建てられており、その文中(赤線で囲った部分)には中世での高見城の出来事が書かれている(ほんのちょっとではあるが・・・)
高見城名物「犬走り」。山の中腹沿いに人一人が歩ける程度の道になっており、四津山の半周程度伸びている。だがそれは途中から消えてしまい、どこまで繋がっていたのかもよくわからない。。
途中で踊り場のような平場があり、そこで男道(階段直登)と女道(緩やかな上り道)と分かれる。
女道の方が従来の城道であったと思われるので、城在りし日を思い浮かべるなら、こちらの道も通ってみたいものである。
男道はそこから一気に本曲輪に向かう直行コース。それだけに階段もキツイが時間短縮にはもってこいである。
なお、この階段の一部には腰郭らしき平場も存在している。
そして本曲輪へ・・・って急に写真が暗くなったのも、今回この本曲輪の写真を撮るの忘れたので、初探訪時の写真を代用で載せた。
この時は積雪があって、直下の道が凍結していた為に危険な思いをしながら訪問したのを思い出す。そんな時に訪問してしまったのも若気の至りである。
実際は日当たりが良い場所なので、四津山神社を含めて天候さえ良ければ、大変気分が良い所である。
周囲から目立つ山は、当然ながら見晴らしも大変良い。
南東の方角を見ているが、写真左中央付近を鎌倉街道上道が南に向かって伸びている。
流石にここなら街道筋を往来する人影もしっかり把握する事ができる。
高見城の解説板。小川町はこういう設備の充実に力を入れてくれている行政なので、個人的に好感が持てる。
こちらも青山城同様実測図による縄張り図があるので、しっかり見ておきたいものだ。
本曲輪の北側には土塁が少々残されており、虎口もあるが、土塁を直登されてしまい、虎口が使われていないのがちょっと寂しいかな。でも綺麗に残っている。
できたらここに「虎口跡」の看板が欲しかったな。
写真の中に「堀切跡」と書かれている看板があるので、もはや説明不要のようにも。
同じ堀切を別角度より撮影。こちらから見る堀切も好きである。
ニノ曲輪跡。ここもしっかり土塁が残されている。よく耕作地にされるため土塁は切り崩される事が多いのだが、この城は土塁の保存状態が良好なので、他の山城に土塁が残っていたらというケースを考える上での良い参考になりそうだ。
ニノ曲輪の虎口。ここは現役で使われており、綺麗な折をつけている。
ニノ曲輪を出ると堀切と土橋の共演。
写真の撮影技術が未熟な為土塁の近影になってしまったのはご愛嬌。
三の曲輪の様子。夏場は鬱蒼としているが、真冬で雪がなければこんなに青空が見える。
城の遺構自体は削平が曖昧で微妙なのだが、冬の高見城でもっともオススメしたい風景はこの三の曲輪である。
三の曲輪は北に行くに連れて高まって行き、その直後に堀切をもっている。
この後は自然地形になり落ちているので、実質上遺構はここまでと見て良いと思う。
写真中央下には再度「堀切跡」の看板が掲げられている。
高見城のお絵描き。どの当たりが四つコブにみえるのか微妙だが、少なくても三つの山がくっついて構成されている。
本ページで書かれている通り、遺構の構造にいくつかの看板があるので、上りの階段はちょっとキツいが山城初心者の方にも安心して勧められる城である。
上記の高見城のお絵描きとは角度を変えてみる。
どちらかと言えばこちらの角度の方が城の特色が活かせている。

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(C) 2007 Giichi(儀一).