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鳩ヶ谷市(はとがやし)
 埼玉県南東部にあった都市で、平成23年10月11日に隣接する川口市と合併し、川口市の一部になっている。
 かっての市内は比較的高地にあり、坂も多い。今まで交通手段がバスしかなかったが、近年になり地下鉄が開通し便利になった。市名は古代に「発度(はっと)郷」の名があり、これが転じて鳩ヶ谷となったのではないかと言われている。

 中世には市内を縦断するように鎌倉街道中道が走っており、古代の荒川(現芝川)の渡河地点であった。
当ページ収録城館跡一覧 早見表
鳩谷氏館 里屋敷 法性寺館
←各項目にあるこちらのアイコンはゼンリン社の現地地図にリンクしております。参考のまでにご覧下さい。


城名 鳩谷氏館 読み はとがやしやかた
所在地 埼玉県川口市三ツ和 所在地地図
別名 三ツ和遺跡 コード 11_01_008_00100
築城年 鎌倉期 主な城主 鳩谷兵衛尉重光?
廃城年 不詳 形態
   
備考  三ツ和遺跡は三箇所あり、かっての荒川の築き上げた自然堤防上にあって、遺跡の北側を迂回するように川が流れていた。特に現在の国道122号線に面した地域は、近くを鎌倉街道が通過していた事もあって、鳩谷氏の館があったのではないかという説がある。
 鳩谷氏の出自は桓武平氏秩父党の諸流説、足立一族である説、武蔵七党野与党出身とも言われるが定かではない。鎌倉初期に鳩谷重元が鳩谷郷の地頭職に補されて以来、当地に住み続けた。
 途中から鳩井(はとがい)と姓を変えており、特に有名なのが鳩井義景で、室町時代の鎌倉府の奉公衆に名を連ね、鎌倉公方氏満の元でその所領を拡大させた。
 なお一族は埼玉郡栢間村にも進出している(鳩井氏館参照)

 現地は開発が進んでおり、遺構を見つける事は厳しい状況である。

城名 里屋敷 読み さとやしき
所在地 埼玉県川口市里
字屋敷添
所在地地図
別名   コード 11_01_008_00200
築城年 不詳 主な城主 不詳
廃城年 不詳 形態 屋敷?
   
備考  現地には屋敷の名を残すのみで、特に伝承等を伝えていない。低地に位置している事から江戸期になってから開発された屋敷と考えられる。

 屋敷は新たに作られたバイバス道路になり、見る影もなくなってしまっている。

城名 法性寺館 読み ほうしょうじやかた
所在地 埼玉県川口市桜町 所在地地図
別名   コード 11_01_008_00300
築城年 不詳 主な城主 不詳
廃城年 不詳 形態
   
備考  法性寺は大宮台地の端部に位置していおり、武士の館と思われる堀があったという。

 当地は鎌倉街道中道近くに所在しており、的場という地名も残っていたという。しかしながら居住した武士などの伝承は伝わっていない。

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<<主要参考文献>>
埼玉の中世城館跡 埼玉県 (1989)
埼玉の館城跡 埼玉県 (1969)
日本城郭大系5 新人物往来社 (1980)
日本城郭大集4 人物往来社 (1967)