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ながのはらじょう
長野原城
所在地 群馬県吾妻郡長野原町
探訪日 2013年04月14日
長野原城の所在地。
緑の部分は大まかな範囲で、赤線は探訪の際に利用すると良いルートを示す。
集落を麓に抱え込むように長野原城は築城されている。
集落の合間を抜けていくと力の籠もった標識が目に付く。
案内されるままに進むとJR吾妻線の上に跨線橋が架かっているので利用する。
丁度訪問時は梅が咲いており、吾妻地方の遅い春の訪れを見せてくれていた。
登りは少々急ではあるが、道として整備されているので訪れ易い。
登って七合目あたりで岩の落石を防止するワイヤーがあったりした。でもこの岩が落下したらどれほどの抑止力があるのだろうと
別名「箱岩城」と言わしめる箱岩の登場。写真だと分かり辛いが垂直にそそりたつ岩を見ていると箱にも見えてくる。
本曲輪へは写真の中央左にあるハシゴを使って登る。
この辺りから段々腰曲輪などが見受けられるようになってくる。
鞍部に出たと思ったら結構北斜面が崩落中で、トラロープ(黄色と黒の縞模様のアレ)が張ってあった。
鞍部に出て西側に歩いていくと櫓台と書かれ、秋葉神社があったことを示す碑が設置されている。
櫓台の脇には武者溜と書かれた空堀がある。この堀がなかなかいい堀なのに何故か写真を撮るのを忘れた・・・。
武者溜を通過し少し尾根を歩いてようやく長野原城の石碑がでてきた。
この石碑がある所も櫓台になっている。
本曲輪より西は曲輪が段をなして作られており、それそれが結構広い。
大堀切と称する竪堀もある。他の城郭の大堀切を見てくると「?」となりそうになるが、人の手によって作られた物には違いないのでこれはこれで評価したい。
なお、この先にも虎口があったのだが、見忘れた。
変わってこちらは尾根をずっと東に歩いていくと出てくる柵。その周囲は崖になっており、安全の為の柵なのだろう。
これが物見台だったのだろう。その更に東側を調べればよかったのだが、昼時で空腹になっていたので調べずに降りてしまったのであった。
最後にラクガキを一つ。
箱岩より東側にも縄張り図が描いてあるものがあり、例え空腹とは言え確認せずに降りてしまったのは勿体無かったかも。
集中力が欠けた状態でもあったので、自分のラクガキの出来としては悪い方である。例の大堀切はサービスで大きそうには書いている。

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