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やまだこじょう
山田古城
所在地 群馬県吾妻郡中之条町
探訪日 2013年05月4日
山田古城の所在地。
緑の部分は大まかな範囲。
車道を走っていると、道端には山田古城の標柱と解説板がある。どちらもかなりの年季が入っており、当地の自然環境の厳しさを伺わせるものがある。
この城は戦国末期に山田さん一族が使用されていた城であるという。
一歩足を踏み入れればそこはご城内・・・のはずだが、そんな風には感じられない佇まい。
一応「土居(土手)」と書かれた標柱があった。確かに地形的に高まりがあるので土塁だろうが・・・勉強不足の為ここの構造がよく理解できない。
写真左でその土塁が切れているので虎口という事になるのだろうか。
その先は数段の平場などがあるが、その明確な利用方法が分からない。
南の尾根筋を断ち切る堀切と見ていいのやら?
本当はその先も見た方が良かったのだろうが、この遺構に対するテンションの上がらなさに調べる気力もなく、ここで引き返した。
後に思うとこの先にはお宝(自分の場合遺構の意味)があったりするんだろうか?
途中で「水の手曲輪」と書かれた比較的広い削平地に出た。
水の手と呼ぶ位だからどこかで湧水があるのかもしれない。
先の「水の手曲輪」の先には深い谷間があり、これだけの谷間があるという事は、雨後には水が出てくるのだろう。でもちょっとこの城への城道にも見えてくる。
今まで以上に劣化の激しい標柱が出てきた。かろうじて「本曲輪(本丸)」とは読めるが、数年後にはもう解読不明になっているかも知れないな。
城の脇を通る車道から北の空を眺める。
木々が茂ってなければ城からも同じぐらいの風景が見れたと思う。
山田古城のお絵描き。
構造がイマイチ読めない城で、その名が示す通り古い時代からの城と見ても差し支えないかと。
北東方面は結構な比高差があるので、見晴らしも良く堅固だったと思う。ただ、西側の集落からの防御力がまるで無く、要害というよりも居館として利用していたと言った遺構である。
ともかく放置されている場所なので、夏場は訪れにくい場所であろう。

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(C) 2007 Giichi(儀一).