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たかがわじょう
鷹川城
所在地 群馬県吾妻郡嬬恋村
探訪日 2013年04月22日
 鷹川城のおおまかな所在地。
 緑の部分は大まかな範囲で、赤線は探訪の際に利用したルートを示す。
 鷹川城を吾妻川越しに見た所。西側は川によって削り取られ、崩落中の絶壁である。
 本曲輪は写真中央の丘の上であり、諏訪神社がある。
 鷹川城へは案内板があり、それを辿っていけば車で諏訪神社まで行ける。
 ただし、途中で車一台ぐらいの道幅になるので注意が必要。
 案内にしたがって進むと目の前に鷹川城が控えている。
 訪問コースは袋倉駅のすぐ側を通過している為、電車でも容易に訪れる事が可能。
 JR吾妻線が城の平と呼ばれる台地の下を通過しており、道の途中で線路のトンネルの真上を通過する。
 このアクセス道は北側斜面を登って行く為、写真のように路面が積雪あるいは凍結している恐れがある。
 真冬にこのコースを車で訪問する時にはここの道路状況には気をつける必要がありそう。
 道をグルッと回ってくると開放感あふれる農地に出る。ここが「城の平」と呼ばれる場所だろう。
 実はすぐ側の丘も調べたかったのだが、写真のカモシカがウロウロしていた為調査しなかった。
 それにしても吾妻郡はよくカモシカに出会える場所である。
 畑の道を進んでいくと諏訪神社の鳥居に突き当たり、車道は終わる。
 
 神社の境内には標柱とカルタの看板がある。
 ここも幾つかの段が作られており、城の遺構であった可能性は高い。
 本曲輪と思われる最高所には曲輪いっぱいに諏訪神社の建物が建っていた。
 その建物の裏側には土塁が認められる。そしてその外側はかなり急な崖になっており、
 更に先には痩せ尾根があるが、これだけ細く崩落しやすい地形なら堀切を設ける必要性も無さそう。
 という事でここから引き返した。
 神社を出て、畑の西側を見ると若干高まりになっているようにも見える。これは城の土塁だったのではと思うのだが・・・削り残した部分とも思えるのでなんとも言えず。
 写真の茂みの先は吾妻川が削った崩落地で、今も絶賛崩落中である。
 そんな事でいつものラクガキを。
 吾妻川に囲まれた突出した地形であるためか?遺構はそれほど無かった。
 「城の平」と呼ばれた畑になっている部分に堀などがあったのかも知れないが、現在では確認できなかった。

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