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なかやまこじょう
中山古城
所在地 群馬県吾妻郡高山村
探訪日 2013年04月29日
中山峯城の所在地。
緑の部分は大まかな範囲。青いラインは城を探訪した際に帰ってきたルートを示す。
(本曲輪付近は直登可能か未確認)
中山古城を麓より望む。
理由が分からないが一部の曲輪は木が伐採されており、景色は良い。
中山古城への入口は非常に分かり辛く、一見すると個人宅への入口にしか見えない。
墓地や畑の脇を通り、ある程度のところまでは車でも来れそうだが、できれば徒歩で来るのが望ましい。
申し訳なさげにあったアスファルトも消え、ついに本格的な道へと突入。
道をを通り抜けていくと、写真の石祠が祭られた所へ出る。その左を抜けていくと既に中山古城の取り囲む谷津に入っているという感じである。
実はこれは帰り道を逆に辿っており、ここから先はちゃんと道があるか正直確認していない。
都合により、いきなり本曲輪と思われる場所へ。
現地の一部は木は生えておらず、背丈の短い笹薮に覆われている。この程度なら全然遺構の調査をするのに差支えがないので安心。
本曲輪と思われる場所より南西方向に伸びる尾根を見下ろす。
松の木の合間よりこの城から新たに作られた中山城が一目で見下ろす事ができた。
要害としてはこちらの方が良いが、兵士を駐屯させるには不便なのが現地に来ると初めて分かった。
更に南西方向へ尾根沿いに下りると観音山というピークへ辿りつける。
やや大きめな石がいくつも置いてあるのは何か意味があるのであろうか?
なお、ラクガキに書き忘れたがこの尾根の西側には平場がいくつかあり、根小屋であった可能性も考えられる。
本曲輪と思われる場所の背後には堀切がいくつか設けられており、あまり良い遺構を期待せずに来た自分を良い意味で裏切ってくれる。
側面には腰曲輪も設けられており、遺構の構造を見ても戦国期に改修された城であると言える。
東側の尾根筋もついでに調べようと入ったのは良いが、写真の猛烈な藪になっており、1m先の視野すら確保できない状態であった。
この時、シャーペン2本、シャーペン付属の消しゴムを1個を藪に持って行かれた。
毎度のラクガキ。
出来る限り絵を描いて追ってみたが、東側の尾根筋の藪の激しさに正確に書けたかは自信なし。
春でもこの状態なので、真夏だとまず訪問が難しい城であろう。

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(C) 2007 Giichi(儀一).