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やまのこやじょう
山の固屋城
所在地 群馬県吾妻郡東吾妻町
探訪日 2013年05月06日
山の固屋城の所在地。
緑の部分は大まかな範囲。赤いラインは探訪の際利用した方が良いルートを示す。
写真中央の鉄塔新榛名線6号が立っている場所が山の固屋城である。
榛名山山頂より中之条方面への道筋にあり、少数の真田氏の兵が後北条氏に対抗を試みた城であるという。
先人の教えに従い、鉄塔の巡視路を利用して城を訪ねる。
林道の途中に写真の駐車スペースが一台分あったので利用させてもらった。
川に囲まれた地形ではあるが、なかなか立派な橋が掛けられており、面倒な沢渡りをせずに済むのは助かる。
途中の道筋は階段や踏み跡が残されているので、注意深く歩けば迷子になる可能性は低い。これが鉄塔の恩恵とも言える道である。
程なくして城の腰曲輪が現れる。
そして新榛名線6号の足元へ。杉の木に混じって新榛名線の鋼管鉄塔が斜面に無骨に生えているようにも見えてくる。50万ボルト級ってのは本当にゴッツイ鉄塔ばかりである。
鉄塔ファンならおなじみの結界写真。
鉄塔の底の中心に立ち空を見上げると写真のような幾何学模様を見る事ができるというもの。
ただ、この新榛名線6号は中心が思い切り斜面だったので、コケそうになりながら撮影した。
本曲輪まで階段が設けられており、「これは東電が城跡に鉄塔を作った償いで設置したものか?」と一瞬思ったが、お隣7号線へのただの巡視路だった。
かくして山の固屋城の本曲輪に到着。
曲輪の一部が凹んでいる程度で、土塁などは見られない。石祠も無い所を見るとこの場所が山深い場所だからだろうか。
本曲輪から南の尾根を伝っていくと比較的大きい堀切が一つあり、その先の尾根が独立した曲輪になっているようにも見える。そこには小さな堀切が二条築かれている。
北側は腰曲輪が段をなしており、こちらが追手であったと思わせる。
かなりの山間にありながら、遠くには中之条の町並みが僅かに見える。
お絵かきをしている最中に通り雨に遭う、折角ここまできたのだから通り雨ごときに邪魔されてなるものかと絵を身体で守りながらお絵かきを続ける。
しばらくして日差しが出て、青空が出ていた。
北に伸びる痩せ尾根には二重の堀切が作られ、いずれも結構な深さがあった。うーん、なかなか興味深い。
珍しく平面図のラクガキ。気に入った遺構は平面図ででも残し、更に断面図も残すようにした。後でラクガキをするときの参考になるからである。
山城のみならこれで問題ないのだが・・・これだと新榛名線がどの辺りに立っているのか分かり辛い。
そんな事でいつものタイプのラクガキ。
やはりこの方が城の遺構と送電鉄塔が両方描けてお得感がある。ちょっと鉄塔が太くなってしまったと反省。
この新榛名線が多くの山々を越えて埼玉県小鹿野町にある新秩父開閉所まで伸びているのかと思うと埼玉県民として感慨深いものがある。

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