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おおあみじょう
大網城
所在地 栃木県佐野市
大網城の所在地。
緑の部分は大まかな範囲。赤いラインは直登に利用したルートを示す。
大網城を北東から望んだ所。麓からの比高差はおおよそ100m程であるが、南側がひどい藪であった為何度か撃退されていた城である。
南側はやや緩やかなのだが、深い藪に包まれており行く気になれなかった。
周囲を見渡した所東側の尾根先から取り付く事に。
途中まで自然地形であったが、城がある山の鞍部に来るとかなり深い切通があった。
普通の切通はちょっと溝がある程度の物が多いので、もしかしてこれも城の遺構?と思うが日没が近かったのでこれにて降りた。
北側の麓まで明確に削られた里道ではあったが、麓に近づくに連れて藪が生い茂り藪こぎしながら帰還。
その付近には今や墓参する者も久しくなった宝篋印塔が数基あり、寂しさを引き立たせていた。
日を改めて再度大網城へ。今度は北側尾根から行くことにした。
工場の西側に直接城の麓へ行ける道があるので、そこからアクセスする事にした。
杉の木の生い茂る斜面を選んで直登。写真で少し伝わるかと思うがこちら側からはかなりの急傾斜で登りがキツイ。もっとも道の無い場所なのだから当然なのだが・・・
杉の木の茂った場所を選んでなんとか山頂付近へ。
この辺は何らかの理由でか木が少なく、若干の藪に包まれてていた。
登りはキツかったが、ここからは正光寺城・須花城・城之山城といった中世城郭が一望できる場所であった。
ふむ、なかなか良い風景。
地形に若干の加工がされているが、これが城に伴う遺構か?後世の造成かは判断し難かった。
中世の遺構という考えからすればここに城戸があったとも考えられるが断定できない。
そこから南側へ移動していく。
お絵かきに書き忘れたが、この尾根の西側に若干の高まりがあるようにも見え土塁である可能性も無いとも言えない。
稜線はしばらく削平されただけの地形が続いていたが、中間程辺りにいきなり切岸が現れる。
そして高まった地形は行くに連れて堀切になって区切られていた。
その先は腰曲輪となっていて、西側を広くカバーしていた。
先に進むと更に深い堀切で分断されていた。
写真は東側から見た所で、北側の曲輪の方が南側に比べて高まっている事から、この辺りが中心と考える。
そして一番南側にも堀切で分断されており、そこから先はしばらく自然地形が続いていた。
ひとまず城の範囲はここまでという事でこの辺で引き返し城を降りた。
あの急斜面を降りるのは怖かったが、登りの2/3ぐらいの時間で降りれてしまった。
大網城のお絵かき。
遺構自体は中心部分に堀切を加えただけの割と簡素な作りをしている。
ちょっと気になるのは東側尾根にある巨大な切通。普通の切通に比べて深く掘られており、里道は城道として使われていたのではと考えたりする。

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