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おまたじょう
小俣城
所在地 栃木県足利市
小俣城の所在地。
緑の部分は大まかな範囲。赤いラインは今回探訪で利用した道を示す。
小俣城の遠景。
写真中央の山が小俣城の主郭と思われる標高304mのピークである。
儀一にとって栃木県最初のお絵描きはこの城と決めていたのである。
最近はネットを調べれば簡単に探訪方法が表示されるので、非常に助かる。
そんな事で他のサイト同様小俣川を渡る宝珠坊橋からアクセスする。
ついでに同じアングルで撮影もしておく。
小俣川に落ちないように尾根筋に辿り付き、登り始める。
なお写真は降りてきた後の写真で、登り始めた時は夜も明けきってない薄暗い時間であった。
ようやく写真が写るぐらいの明るさになった。
そんな事で尾根筋をひたすら上がっていく。
やっと緩やかな部分に達した。一瞬削平されているようにも見えたが、自然地形と見た方が良さそうだ。
この辺りから視界が開け始めた。写真は南側を向いて撮影しており、中央左奥の山塊が恐らく太田金山城。
順調に登ってきたが、途中で林道にぶつかった。もしかしてこの道を通った方が楽に来れるかと思って、帰りはこの道を降りたが、結論を言うと途中が分かれ道多数にイバラ付きの藪というゴージャスコースなのでオススメしない。
最初の土橋状の地形に遭遇。土橋でないにしても浅い切岸になっている。
いよいよ城の遺構がではじめるのであろう。
先ほどの人工地形を更に登って、ようやく本格的な削平地にたどり着いた。
そこには「道しるべ」が備え付けられており、城山の方角も表示されている。ちなみに道しるべが写真の反対なので、画像を加工して見えるようにしてみた。
そして朝日が昇った。山城でみるご来光はいつもいいものだ。
ちなみに最初の堀切で撮影した。
別の角度から同じ堀切をもう一度。
平場を通過すると、切岸状の地形に遭遇する。
その次に来た堀切は先ほどより深く掘ってあり、見ごたえある。
ここにはトラロープ(黄色と黒色のロープの事)が備え付けてあって、なんとか登らせてもらえた。
そこを登りきったらニノ曲輪と思われるスペースに到着、感じ的に目の前に主郭があると感じられる。
そして主郭と思われる山頂に到着。周囲は土塁などは見られず、南北に長い曲輪になっていた。
他にも城山を示す標識と三角基準点があった。こういう情報もしっかりチェックしておきたいものだ。
主郭より西側を見る。眼下のゴルフ場が丁度県境になっており、栃木県の城に居ながらして、目の前の群馬県の町並みを見下ろす事ができるのがなんとも不思議。
いや、それどころではない。よく見たら群馬県をまたいで長野県との県境にある浅間山まで見えるではないか。
ここは栃木県から長野県の山を見る事ができる数少ない山城であるとよく分かった。
主郭より南西側の尾根をチェック。腰郭がいくつかあったが、やがて自然地形になった。
更に先端部分まで確認しに行ったが、周囲の山より低くなってしまい、見通しの悪い自然地形であった。
そして急落してゴルフ場へ一直線であった。
主郭の下のニノ曲輪まで戻って北西方向に伸びる尾根筋も調べる。
写真はニノ曲輪の写真で、主郭の北側をグルリと巡っており、帯曲輪の名称を与えたい気分になる。
こちら側も腰郭がいくつか作られていたが、単純な腰郭ではなく、大小さまざまな大きさがあり、なんとなく上り道があるようにも見える。
北側斜面を見る。
割と埋もれてしまっているようだが、もしかするとこの北側斜面に道がかってあったのかも知れない。そんな雰囲気を感じさせる斜面がいくつかあった。
来るときには気付かなかったが、帰りに堀切と堀切の間にある曲輪の側面に腰郭があるのを見つけた。
ただ北側にあるので、もしかするとゴルフ場になってしまった北西側に本当の城道があったのか?などとあらぬ妄想を申そうとしている儀一であった。
そんな事で小俣城のお絵描き。
実際は割とフラットになりつつあるが、絵が縮小すると思って大げさに書いている部分もある(虎口など)。
構造は割と古いが、地形を活かした作りであると思う。

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(C) 2007 Giichi(儀一).